執筆:青山誠
事例:上町しぜんの国保育園
子どもとの対話の実際の場面では、私たちは言葉を中心にしたコミュニケーションをしています。ただ、言葉は「言葉以前の世界」に支えられてもいます。思えば、私たち保育者は「言葉以前の世界」を保育の中でたくさん経験しているのではないでしょうか。今回は1歳児のTさんとかかわった保育者阿部さんのエピソードを見ながら、対話の土台になるものについて考えてみたいと思います。
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子どもたちが遊びにでかけ、がらんとしている午前中のテラス。小さなプールの淵に座り、「いらっしゃいませ〜」と私(阿部)は声を出す。その言葉にNさんとTさんはトトトッとやって来て、カウンターに見立てたプールの淵で私と向き合う。
カップに水を入れて「何がいいですか~」と言うと、Nさんが「これ!」と1つのカップを指差す。
「はいどうぞ~」と私はカップを手渡す。
Nさんはにこーっとして水の入ったカップを抱える。
「ありがとうございました~また来てくださーい」と私が言うと、Nさんはつつつっと後ろに下がって帰ったフリをする。
そのやりとりをじーっとTさんが見つめる。Nさんと私のやりとりを1つずつ丁寧に読み込んでいく。何度か見た後、Nさんの横に一歩近づく。じっと私を見つめる。私の「いらっしゃいませ」を待っている。
「いらっしゃいませ~何にしますか?」と私が話すと、それそれというようにTさんが笑う。
「ん」と1つのカップを指差す。「これですね~、どうぞ~」と手渡すと、それそれというように表情が緩む。「また来てくださいね~」と声をかけると離れていった。
何回か繰り返したら、Tさんは今度は私の隣にやってくる。どうやら店員側をやるみたい。「いらっしゃいませ~」と私。その隣でTさんが声を出す。
「まー」
目はNさんをじっと捉えて、たぶんそれは「いらっしゃい」って意味。
Nさんが「あい!」とやってくる。Tさんはにーっと笑う。来てくれた、来てくれたね!と言いたいけど、なんか言葉で埋めたくなくて、私は隣でにまにましていた。
「ん、ん」
ペットボトルからコップに水を注ぎ、どうぞってする。NさんはNさんで、持っているボトルに水を入れてほしくて、私に「これ、いれて」と話している。いつもうまくかみ合うとは限らないのが1歳児。「あ、あー」と呼びかけるけどNさんには届かない。でもなんとなく時々かみ合うこともある。
言葉をもっている私が、このもどかしいすれ違いを整えてあげることは簡単。「Nさん、Tさんがどうぞだって」とか、「Tさん、Nさんを呼びたいの?」とか。言葉で埋めて整えれば、Tさん、Nさんにとっても、このごっこ遊びにとってもスムーズなんだろうけど。
でも、この出会えないようでいて時々出会えて、繋がれて、でもやっぱり伝わらないっていうのは今しかないような気もする。隣にいて、ちょっとだけ全体のことが見えて、2人からしたらずいぶん言葉が達者な私の存在は、今日はしまっておきたかった。
言葉と言葉じゃないものの狭間にいる1歳児。伝えたいけど伝わらないもどかしさが、噛むとか泣くとかの行動として表出してくる。でもそれをすべておとなの「言葉」で奪わないようにもしたいと思った。(阿部記)

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伝えたい、わかりたい、でも伝わらない、わからない、そんな繰り返しのなかで子ども同士はきっとお互いの存在を感じ取りながら暮らしているのでしょう。そのもどかしさの中にある豊かさにも、隣り合えるような保育者でありたいと阿部さんのエピソードを読んで感じました。また対話は幼児になってからの言葉の特別活動ではなくて、すべての年齢の子どもとの保育の中にあることもまた改めて感じました。
イラスト:ナガタヨシコ
<編集部より>
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