『保育ナビ』2026年7月号特集1「0歳からの学びと育ち~0・1・2歳児保育の課題と可能性~」では、小誌編集委員会(2026年3月実施)での井桁容子先生のご発表と、それを受けた編集委員等からのご意見、また後日行った企画者の北野幸子先生と井桁先生との対談の前半部分を掲載しています。
対談の前半部分では、評価スケールでは測れない「人を尊ぶ感覚」や、それを保育者の無意識にまで浸透させる大切さについて語り合いました。
本サイト記事では、『保育ナビ』誌面に掲載できなかった井桁先生と北野先生の対談の後半部分を掲載します。
お話:井桁容子先生(乳幼児教育実践研究家)
北野幸子先生(神戸大学大学院)
「先回り」と「過干渉」が奪うもの
北野先生(以下、北野):(対談前半の部分を受けて)井桁先生のお考え、とてもすてきです。まさにそこが最も重要な点だと思います。保育の現場では小手先のテクニックは通用しません。私自身の本質が見抜かれ、常に「1人の人間としてどうあるか」を問われているのだと感じます。一度嘘をつけば、ずっと嘘をつき続けなければならなくなります。私はできる限り自分に誠実でありたいと思うのです。
子どもたちは人を本当によく見ています。自分の「生き様」そのものが問われる仕事だと捉えることができれば、保育はすてきな仕事だと思います。自分自身が成長し続けられますし、自分のあり方に誠実でいられるからです。
逆に「とりあえず、適当にこなしておこう」と考えることは、自分自身の尊厳をも傷つけているように思うのです。保育は、そのような妥協をしなくていい仕事です。むしろ、自分に誠実であり、現場で感じたことや気付いたことを素直に出し合える環境こそが大切だと思います。
「保育は自分自身の尊厳にとっても素晴らしい仕事なのだ」ということを、私はいつも実習前の学生たちに伝えています。子どもたちとのかかわりを通して、人間がいかに一人ひとり違うかを学べますし、自分自身を深く振り返る機会にもなります。
こうした保育の素晴らしさを、もっと社会に伝えていきたいですね。もちろん労働条件の改革などは必要ですが、それ以上に「この仕事は楽しさにあふれ、1人の人としての誠実さが問われる職業なのだ」ということを伝えたいです。井桁先生はそれを長年実践し、現場を変えてこられました。私たちも先生の後に続いていかなければならないと、強く思っています。
井桁先生(以下、井桁):保育者は先輩の姿を見ながら育つものです。養成校でどれほど素晴らしいマインドを身につけても、現場に行った途端「理想は理想、現実は現実」と割り切り、慣習を受け入れてしまうことが多くあります。だからこそ、まず現場の先輩たちが変わっていかなければなりません。
特に3歳までの保育において、「集団生活を早く身につけさせることが大切」という誤解が根強く残っています。例えば、年長になった時にじっと座っていられるようにと、赤ちゃんのうちからじっと待つ練習をさせてしまうような光景です。
赤ちゃんは言葉で権利を主張できず、精一杯泣くことでしか表現できません。でも、大人の意図が優先されることで「表現するチャンス」を奪われてしまっているのです。5歳児になって「人の話が聞けない」といった課題が出てくる背景には、実は0・1歳児のかかわりが大きく影響しているのです。
自分の気持ちを表現するよりも前に、「大人の顔色をうかがうこと」や「大人の要求に応えること」ばかりを経験してしまうと、自分を見つめる力も、他者を思いやる力も育ちません。それが5歳になった時に問題として表面化するのです。これは、まさに「0・1歳児の保育の捉え違い」が引き起こしているとも言えます。
蝶になる前の「幼虫」と「さなぎ」を想像してみてください。どちらも同じ蝶の命ですが、それぞれにふさわしい環境や、その時期にできることは全く違います。それなのに、保育の場では、ヒトの幼虫の時期とも言える乳幼児期に、年長児を完成形として、0歳児からできるように練習をしていくという保育が疑問なく行われていることは、本当におかしなことだと感じています。
北野:本当ですね。現場の先生方には、3要領・指針を迷った時のよりどころにしていただきたいと願っています。まずは「今」を生きている子どもの姿そのものが、保育において最も大切なのです。
今この瞬間に必要な経験や環境、そして心持ちをしっかりと保障していれば、結果として後から良い育ちがついてくるものです。「未来」のために「今」を犠牲にするような教育は、子どもの尊厳を損なうものでしかありません。
残念ながら、不適切なかかわりに対しての罰則規定がないこともあり、日本では「どのように今、子どもとかかわっているか」を問う機会が、国際的に見ても非常に低いと感じています。そこが今の保育にとって重要な課題ではないでしょうか。
井桁:本当におっしゃる通りです。今の大人たちは、保護者も保育者も、本当の意味で「今」に心を置いている人が少ないと感じます。意識が常に「先へ、先へ」と向かってしまっているのです。
子どもたちは常に「今ここ」を懸命に生きていますが、大人たちは、体がそこにあっても心がそこになく、先の予定や段取りで占められています。
子どもたちはそれを見抜いています。「この人は体はあるけれど、自分のほうに心が向いていないな」「アンテナを出してくれていないな」と察し、大人に働きかけることを諦めてしまうのです。
「忙しい」を言い訳にして、「今に心がない大人」を見続けて育つ子どもたちは、「自分もそうしなきゃいけないんだ」と学んでしまいます。子どもは本来従順ですから、大人が見本を見せてしまっている結果なのかもしれません。
保育者や教師は、「子どもを見る仕事」と捉えがちですが、「子どもに見られる仕事」だと思うのです。だからこそ、私は「まず大人が、今に心を置きましょう」とお伝えしたいのです。
北野:本当にそうですね。私たち保育に携わる者は、子どもたちの「今」の充実感や楽しさを支えているのだというプライドをもちたい。私たちは決して小学校の「下請け」ではありませんし、保護者を「お客さん扱い」してその要望にだけ応える必要はないと思うのです。
世界一おもしろい「一流の仕事」としての誇り
北野:神戸市では2018年に「乳幼児保育研究部会」を立ち上げました。そこでは市を挙げて、0・1・2歳児の保育を公開して、振り返り対話して、いかに一人ひとりの思いを丁寧に汲み取ることができているのかを検討したり、具体的な実践を検討したりする活動を続けています。
目の前の子どもたちは実に多様であり、一人ひとりに守られるべき尊厳があります。誕生からの保育をしっかり考えようという動きが少しずつ広がっていますが、まだ園によって取り組みの温度差があるのが現状です。
井桁:園によって温度差があるのは確かですが、リーダーの先生方がこうした本質を大切に思われることで、職員全体が良い方向へ率いられていく姿も見てきました。
子どもというのは本当にしなやかな存在です。例えば、大人にとって大事なことが10個あったとしても、大人がちょっと見本として見せるだけで、子どもたちはそれを自分たちの中で勝手にしなやかに「増殖」させていく力をもっています。大人が1から10まで全部を教え込む必要なんてないのです。
「自分の思いを表現していいんだよ」という安心感さえあれば、子どもたちは時に大人を驚かせるような素晴らしい展開を見せてくれます。こうした育ちは何しろおもしろいんですよね。「5つ挙げたから、5つできたか」というチェックじゃなくていいんです。
そこにおもしろさがあるのに、「1歳までに10個のことを教えなきゃ」となると、子どもはその狭さに窮屈さを感じてしまいます。本来、この時期は驚くべき発達や思いがけないことが必要な時期なのに、「10項目を守ろうとする子」になってしまうのです。
北野:本当におっしゃる通りです。子どもたちに委ねることができれば、結果的には20にも30にも100にもなっていくのですよね。大人の都合で制限をかけてはいけません。子どもたちは先入観や偏見がさほどないからこそ、無限の可能性や自由な発想をもっています。その芽を大人が摘んでしまわないよう注意を払わなければならないと感じます。
井桁:まさにそれが乳児期において最も大切なことです。言葉にならない子どもの思いを、大人がどれだけ「いいね」と受け止められるか。本来、3歳くらいまでの時期に「ねばならない」と子どもを縛るような必要はないはずです。
北野:環境構成についても同じで、触ってほしくないものがあるのなら置かなければいいだけの話です。大人が「禁止」や「制限」の言葉を安易に使う状況を無くしていきたい。神戸大学附属幼稚園のスタッフとは、「指示・命令・禁止・制限」、この4つをまず減らしていこうと日頃から話し合っています。
井桁:そうですね。禁止で縛るのではなく、「考える」とか「よく見る」という注意力の方向へ導くことが大切です。物の特性を知れば、子どもは危ないことはしないはずです。禁止を先行させるのではなく、物の特性を知るという「知識化」をすることが、判断力につながります。禁止だけでは判断力はつきません。「ここはこうなっているから気をつけないと、大変なことが起こることもあるよ。だから扱いを気をつけよう」と大人が真剣に伝えれば、1歳でもわかります。
叱られてやめるのではなく、自分で理解してセーブすることができれば、人間らしさのレベルは高くなります。思考力や判断力を養う機会は、生活のあちこちにあります。例えばお箸を持った時、「尖っているよね。お友だちの顔は柔らかいから刺さったら大変なことになるね」と言えば、「やっちゃだめ」と言わなくても「そういう理由か」と納得でき、お友だちにも注意できるようになり、他の場面でも応用できるようになるのです。そのためには、自分の表現したことをよく聞いてもらえた土台があって初めて、物の知識は身についていくもので、まずは「自分は受け止められた」という安心の経験が「この人の話を受け止めよう」という信頼感につながってくるのですよね。
北野:自分の思いを聞いてもらってうれしかった、楽しかったという「感情」とともに経験することが、本当に豊かな育ちだと思います。自分から手を出してみて、熱かったり危なかったりして引っ込めるような経験。あるいは少し高いところで足がすくむような経験。そうした成長のチャンスがある経験を、先回りして禁止したり、過保護に「危ない」とすぐ制止したりして、大人が摘んでしまわないことが大切ですね。
井桁:物との対話には、子どもの特性がよく表れます。初めて出合うものをどう捉えているかは、その子の行動からよく見えるのです。例えば、何でも口に入れたがる乳児の行為を声をかけずに様子を見てみると、その形を捉えたくてしているのか、それとも味を感じているのか。乳児期には「共感覚」があるので、口に入れることで、見て形を捉えるのと同じ部分の感覚も刺激されるので、その子の得意なアンテナが見えてきます。それがわかれば、その後のかかわりに役立ちます。保育者は「教えたり、させたりするテクニック」をもつのではなく、物に出合う時の子どもの特性を見抜くことが大切です。そこを見落とすと、保育が画一的になってしまいます。
ある物に対して、Aちゃんは舐める人、Bちゃんは投げる人、Cちゃんは指を突っ込む人……。子どもが何を感じ取っているかを見極められる保育者は、お医者さんでいえば名医です。状況を正しく判断できれば、環境は自ずと整えることができます。
以前、保育者になろうと思っていた学生が、私の授業を受けて「一流の保育者になろうと思った。保育者にはピンからキリまでいると気付いた、自分は一流になってみせる」とレポートに書いてくれたことがあります。一流と三流の違いはどこか。それは「子どもの特性を見抜く力」から始まると気付いた学生は、そこを目指して育っていくのだと思います。
みんな自分を高めたいと思って仕事を始めたはずですが、実践の場に入ってしまうと、どうしても子どもをまとめようと急いでしまいがちです。ある県で研修ビデオを600人ほどに見せた際、多くの感想が「自分は忙しさを理由に子どもの気持ちをないがしろにしていた」という反省でした。それは、忙しさを理由にできないとしてきたが、本当は心がければできたことだった、という気づきと言えます。
処遇の改善も大事ですが、保育者一人ひとりが、「忙しい」と思い込んでいることを、「なぜなのか」「どうすれば余裕がもてるか」「本来何のためにそのことは必要なのか」と、立ち止まって考えたり、俯瞰してみたりすることが必要なのではないかと思います。
保育者の配置基準については、ゆとりのあるかかわりができるように、数が多いほうがいいに決まっています。しかし、単にマンツーマンで手取り足取りするのが「丁寧」だと思ってしまうのは大変危ないことです。私は「過干渉」が気になります。「今、なぜ抱っこしましたか?」と聞くと、「無意識だった」と答える人が意外に多いです。0歳・1歳は、常に抱っこを求めているわけではなく、「自分で這ったり歩いたりしてそこまで行きたい」と思うこともあります。「抱っこをしてあげる」ことが時には、過干渉や過保護になってしまう場合があります。それを「ていねいな保育」と言ってしまうことは違っていると思います。子どもには、そっと見守る思いやりと共感性のある大人の存在が必要なんです。
「遊んであげる存在」「お世話をしてあげなければ」という感覚を強くもつ保育者が無意識に、子どもを囲むようにして座り、自分の体で子どもの視界や行動を遮っていることに気付かない人も、実はたくさんいるのです。
北野:本当におっしゃる通りですね。大変重要な視点をいただきました。私自身、もっと乳児について勉強し直したいと思います。子どもの心を決して潰してしまわないこと。管理職の方や現場の皆さんに、乳児保育の本質的な大切さとそのポイントを、ぜひ知っていただけたらと心から願っています。自分の発信力や伝え方が拙く、不甲斐なく思うこともあります。
井桁:保育実践の場は、やり直しのきかない即応が求められるので、理想と現実は違うということになりがちです。そのために、テクニックの習得を急いでしまうのですが、心の底から「子どもってすごいな」と思える人でありましょう、ということです。実は、そう思えることこそが、かかわり方や保育全体の質が早く変わる不思議な化学反応を起こすのです。
北野:とても学びになりました。勇気をいただき、まだまだ頑張って伝えていかないとと感じています。ありがとうございました。
井桁:私のほうこそ、保育の質の向上のために熱意をもって研究に取り組まれている北野先生に、長年にわたりご理解いただけていることを大変光栄に思っております。ありがとうございました。
ぜひ『保育ナビ』7月号と併せてお読みください!



